介護の現場でトラブルやうまくいかないことが発生すると怒りの感情がこみ上げてくる場合がありますが、それを周囲の人にどのように適切に伝えればよいかわからず困っている人は多いでしょう。
この記事では怒りと適切に向き合い、コントロールするための手法「アンガーマネジメント」について詳しく解説します。
アンガーマネジメントとは?
アンガーマネジメントとは、怒りの感情と上手につきあうための知識や方法のことです。
現在広く普及しているアンガーマネジメントプログラムの原型は1970年代にアメリカの心理学者レイモンド・ノヴァコによって作られ、ドナルド・マイケンバウムが行ってきた否定的なものの受け取り方や考え方に働きかけて周囲にバランス良く適応できる考え方へと変化を促す認知行動療法の手法を取り入れて現在の形になったとされています。
アンガーマネジメントの目的は怒らないようになることではなく、怒る必要のあることは適切に怒り、怒る必要のないことは怒らなくて済むようになることです。
アンガーマネジメントが介護の現場で必要とされる背景
アンガーマネジメントが介護の現場で必要とされる背景にはどのようなことがあるのでしょうか。
3つご紹介します。
1、人手不足のため
2021年に公益財団法人介護労働安定センターが全国の介護保険サービス事業を実施する9,244の事業所を対象に行った令和2年度介護労働実態調査の結果によると、事業所全体での人材不足感(「大いに不足」「不足」「やや不足」と回答した事業所の合計)は60.8%でした。
不足の理由としては「採用が困難である」が86.6%で、介護事業所では慢性的に人手不足であることがうかがえます。
ただし離職率は14.9%と過去最低を更新するなど明るい兆しも見え始めているため、アンガーマネジメントを適切に活用して怒りをコントロールしながら介護の現場で働くのは、人手不足の中協力し合って高齢者の方によりよいケアを提供するために望ましい姿勢だと言えるでしょう。
参考:公益財団法人 介護労働安定センター「令和2年度 介護労働実態調査」
2、高齢者への虐待件数が増加しているため
2019年に厚生労働省が発表した「令和元年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果」によると、2019年4月1日~2020年3月31日までの間に市町村等が虐待と判断した件数は介護事業に従事する人によるものが644件(前年度621件)、高齢者の世話をしている家族等によるものが16,928件(前年度17,249件)でした。
介護の現場は怒りの原因となりやすい理不尽なことが起こりやすいため、ケアに関わる人たちがもしそれに感情的に対応してしまえば、虐待につながる可能性が高くなってしまうのです。
このことから高齢者の方々により良いケアを提供するために、介護に携わる人たちが自分の怒りを客観的に分析し感情を整理することのできるアンガーマネジメントを身に着けることが重要視されてきています。
参考:厚生労働省「令和元年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」
3、認知症の高齢者の方へのケアがしやすくなるため
認知症の高齢者の方へのケアを行う場合、同じことを何度もたずねられたり、妄想から来る怒りの感情をぶつけられたりと認知症の症状から来る行動だと理解していても、受容的な態度で接するのが難しい事例が発生しやすくなります。
しかしアンガーマネジメントの知識を身に着けることによって自分自身の怒りの感情とうまくつきあえるようになるため、認知症の高齢者の方へのケアがスムーズになるのです。
アンガーマネジメントを介護の現場で行うメリット
アンガーマネジメントを介護の現場で行うメリットを3つご紹介します。
1,モチベーションの低下を防止する
介護の現場でなくても仕事で怒りを感じた場合、その後のモチベーション低下につながりやすくなりますが、アンガーマネジメントの手法を取り入れることによって怒りと適切に向き合うことができるため、仕事に前向きに取り組むことができるようになるでしょう。
2,周囲の人とのコミュニケーションが取りやすくなる
自分自身が怒りを感じている状態では、周囲の人たちと適切なコミュニケーションを取ることは難しくなります。
高齢者の方に適切なケアを行うためには、医療、栄養、介護などそれぞれの分野のプロが連携してチームで仕事を進める必要があるため、アンガーマネジメントの知識を共有することで仕事上でのコミュニケーションがスムーズになるでしょう。
3、怒りを適切に整理し、相手に納得しやすい形で伝えられる
怒りをそのまま相手にぶつけてしまい、人間関係を壊してしまった経験は誰でも一度はあるのではないでしょうか。
アンガーマネジメントを学ぶことで怒りを相手にそのままぶつけるのではなく、適切に整理した後相手に納得感がある形で伝えられるようになるため、人間関係が壊れにくくなります。
アンガーマネジメントを介護の現場で実践する方法
アンガーマネジメントを介護の現場で実践する方法を3つご紹介します。
1,怒りとは何かを知る
アンガーマネジメントを行う前に、まずは怒りとは何かを紐解く必要があるでしょう。
怒りには次の4つの特徴があります。
① 怒りとは要望である
人間が怒りを表現している際、その奥には何らかの要望が隠されています。
怒りによって自分がどのような要望を相手に伝えたいのかを考えると、怒りの原因を分析できるでしょう。
② 怒りとは二次感情である
怒りの前には必ず「不安」「恐怖」「いらだち」「寂しさ」といった一次感情が存在し、これによって二次感情である怒りが引き起こされています。
怒りを引き起こした一次感情が何かを知ってその原因を改善できれば、怒りの予防につなげることができるでしょう。
③ 怒りは伝染しやすい
介護の現場だけではありませんが、怒りの感情は例え自分では我慢できていると思っていたとしても周囲には伝染しやすく、その場にいる全員がピリピリとした雰囲気に包まれてしまうのはよくあることです。
怒りの感情を持つと、周囲の人の潜在的な怒りの感情も目覚めさせてしまう可能性があることを覚えておきましょう。
④ 怒りは防衛感情である
怒りの特徴を知ると、怒りは人間にとって良くないものであるという捉え方をしてしまいがちになりますが、怒りは人間の身体や心の安全を脅かされそうになった際に本能的に沸き起こる防衛感情でもあります。
誰かに危害を加えられるといった経験を持つ人はそうたくさんはいないかもしれませんが、人間は自分の身を守るために怒りで対処することがあるのを知っておきましょう。
2,自分の怒りのタイプを知る
アンガーマネジメントが生まれたアメリカに本部を置く、ナショナルアンガーマネジメント協会の日本支部である一般社団法人日本アンガーマネジメント協会では怒りのタイプを6つに分類しています。
怒りのタイプ | 概要 |
公明正大タイプ | マナー違反や社会的に正しくないことについて怒りを感じやすいタイプ |
博学多才タイプ | 何でも白黒はっきりさせないと気が済まず、はっきりしないことや人に対してイライラする傾向にあるタイプ |
威風堂々タイプ | 自分が一番でいたいと思うため、軽んじられたり大切にされなかったりすると怒りを感じやすいタイプ |
外柔内剛タイプ | 自分が決めたルールから外れることをいやがり表向きは穏やかだがマイルールから外れるとイライラしやすくなるタイプ |
用心堅固タイプ | 物事をネガティブに捉えがちな傾向があり、周囲が大したことはないと思っていることを必要以上に悪く捉えて怒るタイプ |
天真爛漫タイプ | 後先を考えずにとにかく行動し、なかなか思うように進まなかったり時間がかかったりするとイライラするタイプ |
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会では、自分がこの6つのタイプのうちどれに当てはまるのかを無料で診断できるため、ホームページから診断を行ってみることをおすすめします。
参考:一般社団法人日本アンガーマネジメント協会「無料アンガーマネジメント診断」
3,怒りのピークである6秒間をやり過ごすテクニックを知る
怒りが継続するピークは6秒間と言われ、逆にこの時間さえやり過ごすことができれば、怒りの感情をストレートに行動や態度に表さずに済むのです。
怒りが発生してからの6秒間をやり過ごすテクニックを5つご紹介します。
1,ストップシンキング
怒りを感じた瞬間にいったん思考を止めることです。
具体的には自分自身にストップと呼びかけてみたり、怒りの原因となる感情について考えないと自分に命じたりするのが効果的と言えるでしょう。
2、コーピングマントラ
心の中で怒りが和らぐ言葉を自分自身にかけることです。
「大丈夫」「大したことはない」「明日には忘れられる」など自分が落ち着き楽になれる言葉をあらかじめ準備しておくのが望ましいでしょう。
3、スケールテクニック
怒りを数値化してみることです。
例えば10点中3点など、数値で客観的に怒りを評価することで心に余裕ができたり、実はあまり強い怒りではなかったなどの気づきを得たりすることができます。
4、グラウンディング
別の物に意識を向けることです。
例えば他の人の髪型について考えてみたり、夕食の献立について考えたりすることで怒りの感情から少し距離を置くことができます。
5、タイムアウト
今までお伝えしてきた4つのテクニックを用いても怒りがおさまらない場合に用いる方法で、その場から退きいったん仕切り直すことです。
時間を置くことで冷静さを取り戻すことができるため、無理に続行せず怒りの焦点から物理的な距離を取ることが大切だと言えるでしょう。
毎日食事の準備をする「べき」から離れてみよう
宅配クック123では高齢者における食事支援の分野でも、それを支えるケアマネージャーや家族の方々がアンガーマネジメントを行う余裕を持つお手伝いをするのは大切なことだと考えています。
例えば毎日食事を作る「べき」という思考で食事援助を行い続けると、いずれ苦しくなって高齢者の人に対する怒りの感情を引き起こしかねません。
宅配クック123では週に1回、1食の配食サービスの利用が、ケアをする方々の心のゆとりを取り戻すことにつながればと思っているのです。
ぜひ一度、「少しおせっかいなお弁当屋さん」である私たちに声をかけてみてください。
まとめ
アンガーマネジメントとは怒りの感情と上手につきあうための知識や方法のことで、介護の現場では人手不足や虐待防止の観点からこれからますます必要とされるスキルであることがわかりました。
この記事も参考にして、より良いケアを行うためにもアンガーマネジメントの手法を実践してみてください。